弾かないと留年するピアノの試験

学生時代必修で、ピアノの授業を取らなければいけませんでした。

ピアノといっても、得意不得意があるもんなんです。運動や絵に得意な人不得意な人がいるように、当然ピアノでもそうです。しかもピアノってそんなに即上手くなるわけじゃない。生まれたてのバブバブの頃からピアノのレッスンをずっとしてきてる子もいて、そうなると出来栄えの差がものすごいんですよね。

全然弾けなくても最終的に試験を受けなければならないのです。そうしないと必ず留年します。弾く曲は学生個人のレベルに合わせて基本なんでもいいんですけど、わたしの場合はショパンの簡単なワルツとかバッハのインベンションとかで済ませていました。やる気と時間が特にないときはツェルニーだったときもあったよ。

例えばわたしはピアノが全然上手くありませんが、それでも中の中くらいでした。上も下も限りがないのです。

わたしがバッハのインベンションに苦戦してまったく暗譜できない中、フーガをサラッと弾く人もいました。インベンションは二声、フーガは四声で、それぞれ扱うメロディが二つと、四つです。四つのメロディを同時に扱うなんて人間にはできないですよ。もはや精巧なロボットです。わたしは特に複数のメロディを管理するのが苦手なのか、単に努力不足なのか、こういう系統が不得意です。

とてもピアノを苦手としている学生もいて、そういう人はスケールとかを弾いていました。スケールってのは音階です。例えば何調の音階を弾きます!ドレミファソラシドレミファソラシド、ドシラソファミレドレミファソラシド!ありがとうございました!単位ください!というわけです。

そういうどうにか単位ください!の学生、暗譜が飛んでショパンの二回し目のところの和音を一回目と同じ音で弾くわたしと一緒に、鬼ほどピアノのうまい学生も一緒に試験を受けるのです。

試験はレベル順や曲の難しさ順ではなく、氏名のあいうえお順なので、前後の学生がどんなレベルなのか、何を弾くか分からないのです。

曲目は事前提出だったり、書いた用紙を当日その場で試験官のもとに提出しに行くスタイルだったりしました。で、今ピアノを弾いて試験を受けている学生の後の順番の人三人くらいが試験会場の椅子に座って待たされます。だから前の人の演奏も聴くことになります。例えば自分がピアノを苦手としており、スケールを弾いてどうにか単位を得ようとする学生だとしますよね。自分の前の順番の人が持っている曲目用紙に「ピアノ協奏曲2番/ラフマニノフ」とか書いてあったりするのです。

ラフマニノフ!?専門でもないのに、ラフマニノフ!?指届くん!??(ラフマニノフは手が大きかったので、自分基準で曲を書いており、手の大きくない人が弾くのは大変だそうです)わたしはラフマニノフは弾いたこともありませんが、難しいんです。

自分がただの音階を弾くという、近所をゆっくりの速度で散歩する老犬とのお散歩みたいなことを披露するとき。その前に、ラフマニノフというアイガー北壁を登ってみせます!という学生がいるんですよ。実際そういう学生がいるんです。アイガー北壁の後にお散歩はちょっと。せめて順番を逆にしてくれ!!老犬のお散歩だって十分有意義に決まってます。だけどアイガー北壁はちょっと、別物でしょ。

ちなみにラフマニノフ2番は協奏曲なわけだけど、オーケストラパートはどうするんだろう?ソロで演奏できるように編曲された版なのかな?と思った方もいると思うんですけど、その学生は先生を連れてきてオーケストラ部分の伴奏を弾いてもらっていました。試験会場にはピアノが二台あるんです。こういう学生のためにね。